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母親の愛情(ちょっと暗い長文)

今年もまた母の日がやってきた。
自分が母親になって2度目の母の日だった。
昨年は出産の翌日が母の日だった。
昼間、病室で夫とナースと娘を囲んで会話をしていたら、どこかの女性団体の女性2人組みが病室に入ってきて、「Happy Mothers Day!!」といいながら私にピンクのカーネーションを渡してくれた。
そこで、自分が母親になったんだと初めて自覚。(お産を終らせたことに興奮していたので、まったく自覚がなかったし、しばらくの間は実感できなかった。)


CIMG1933.jpg



母になって初めてわかる母親の気持ち。
もっと早くわかってあげてたら良かったなぁ~。
自分の母親もこんな気持ちで私を育てていたのか?と想像するとありがたさでいっぱいになる。

幼い頃から母親との関係がスムーズじゃなかった私。
私の勝手な思い込みで母を嫌っていた。
素直に甘えることができず、ひねくれていた。(3人兄妹のなかで一番親を困らせた自信がある)
甘えられないからすごく淋しかった。
自分の感情をうまく表現できずに、いつも不機嫌。
こんなせつない気持ちを「母親のくせになんでわかってくれないの!」と心の中で怒りを溜め込んでいた。
どんどん母との心の距離が離れていった。
そしてこんな気持ちを誰にも言えず、独り悶々とし続けることに。

どんどん溜め込んだ苦しい気持ちはかなり深いトラウマになって、私の中に留まり続けた。
ことあるごとに、このトラウマが影を落とす。
気付くと、うまくいかないことは「母のせい」になっていた。
大人になってもトラウマは消えることがなかった。(自然となくなるものだと思っていた)

結局はただ自分の「思い込み」でしかなかったのに。
そう思うと、母には本当に申し訳ない。
彼女はなにも私に悪いことはしていなかったのに。
「思い込み」によって長年、母だけでなく自分自身を苦しめていたことになる。

いつしか、なんとか母を許したいと思うようになった。
そしてお互いにハッピーになれれば言うことなし。
が、頭ではそう思っていても、なかなか心が動かない。
こんな時期がかなり長く続いていたある日...


思い切って、電話で母(父にも)に謝ることに挑戦!
それまでの私には考えられなかったこと。
今更、照れくさくて恥ずかしくて、どこか納得できてないところもあったし...。
かなり緊張した。
どうやって切り出せばいいのか見当もつかなかった。

結果は
ぎこちないながらも、過去の出来事を謝罪し、感謝の気持ちを言葉にした。
100%心から許したかと言えば、嘘になるけれど、直接話しをしたことはかなりの進歩だった。
なにより驚いたのは、両親はとっくに私のことを許していた。
許していたちいうより、許すとか許さないとかの問題として考えていなかったようだ。
つまり、私をそのまま受け入れていたということだ。
これには、参った。
両親には一生敵わない、頭が上がらないとすら思った。


その後は、少しずつ親子関係がスムーズになり、会話をしていてもイライラすることが減った。
ここまで、まだ完璧とはいえないまでも、関係が改善したことに満足していた。




そして、しばらく時はながれ、私の出産後まもなくのこと。
自分も母親になり、気持ちが高ぶっていた影響か、母と電話で話していると、自然と母を労わり再度謝っている自分がいた。
本当に心から母を想う気持ちが湧いてきたから。
謝っているうちに涙が止まらず、声が詰まった。
母は、「私のことはいいから、泣かないで。泣いたりするとオッパイが出にくくなるかもしれないよ。私は大丈夫だから。泣かなくていいよ」と逆に私を心配してくれた。
「あー、母はどこまでいっても、いつまでも母親なんだ。かなわないなー。母親の愛情ってすごい!」と思ったら、また泣けてきた。


この数ヶ月後に、私が今まで知らなかった、母の幼少の頃のある出来事を知った。
母方の祖父母を知らない私は母に根掘り歯堀り聞いた。(思い出したくないことなのに)
母が物心付く前に祖母は亡くなったらしい。


小学校に入る前あたりで、東京大空襲で焼け出され、祖父の実家のある場所に疎開した。
その地域で裕福な家に養子として迎えられた。
祖父も若くして病気で亡くなったらしい。(いつ頃かは不明)
養子縁組先はとてもいい家で、可愛がってもらったらしい。(今でも実家として行き来している)
ここまでは、私も知っていた。



知らなかったことというのは...
母をとても可愛がっていた継母が、母がまだ小学生のうちに亡くなっていたこと。
これを聞いたときは絶句した。

母は母親を2度も亡くしていたのだ!
それもまだ小学生のうちに。
養子になってからは姉弟とも離れ離れだったし。
どれほど淋しかったことか...。
どんなに可愛がってもらったとしても、実の家族と離れてしまったことは、母にとって相当なショックだったはず。


これで、「なぜ母は私たちに愛情表現をあまりしなかったか」理由がわかった。
母はまだ甘えたい時期に母親から充分な愛情を受けずに育ったからではないか。
本人に自覚があるないにかかわらず、相当な影響があったはず。

また、2度の母親喪失で、自分しか自分を守れる者はいないと思うようになったのかもしれない。
父親、姉弟とも別れ、信じれる者は自分しかいなかったのかもしれない。
そして相当淋しい思いをしたに違いない。
また、父と結婚してからは、嫁として舅、姑、小姑に気を使い自分を殺して生きてきた面がある。
人の顔色を伺いながら、言いたいことも言えずに...。
そして、自分の思いを人にうまく伝えられなくなったのだろう。(子どもに対しても)


私は物心ついたときから想っていたことをストレートにぶつけてみた。
「子どもの頃、お母さんは私のことを本当に大事に想ってくれていたの?」と。
すると母は「お前たちのことは本当に可愛くて、可愛くてしょうがなかった。できるだけのことはしていたつもりだよ。子どもが可愛くないと思う親なんているわけがない。親はみんな子どももために必死なんだよ。」
この母の言葉で、ずーっと「淋しかった」私の辛い気持ちは涙と一緒に流れて一気に無くなった。
不器用ながらも母なりにしていた愛情表現。
それを私は見ようとも、受け止めようとしていなかっただけだと今ならわかる。


結局私は母を100%許すことができた。
かなり時間はかかったけれど、母が元気なうちに許すことができて本当に良かった。
これも子どもができて、自分も「母親の気持」ちを理解できるようになったからだと思う。
許せたことは、赤ん坊を授かったと同じくらいに大きなギフトだ。
同時に、「淋しい」というネガティブなエネルギーを娘に継がせるのでは?という不安もなくなった。



許せてからは本当に母との関係がスムーズだ。
電話でも、毎回お互いを気遣い、なにげないなかにも暖かい会話ができている。
最近は、「孫をいますぐ、ぎゅ~~~~と抱きしめたい!もう可愛くてしょうがない。」とストレートに言ってくれる母。
私自身が言って欲しかったことを娘に素直に言ってくれることが、私をどんどん癒してくれる。
遠く海を隔てた国に住んでいるけれど、気持ちはいつも側にあると実感できる今。
こうゆうハッピーなやり取りが母の「子どもの頃に足りなかったもの」の穴埋めになればと期待する。

心から母に感謝。
ありがとう、お母さん。
大好きだよ、お母さん。
いつまでも元気でいてね!


誰にとっても母親は唯一無二の存在。
母親の影響はよくも悪くも大きなもの。
そう思うと、娘への愛情表現にも力が入るというものだ。(笑)
娘は将来私をどんなふうに思ってくれるんだろう?

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なんかわかるなぁ。

なぜか母親とは馬が合わない、、、
この人とはわかり合えないわぁ、、、
といつも思ていました。

でも、今では哲の顔を見せに行くのが楽しいよ。
喜んでくれるしね。
『あ~また始まった』とながせるようにもなったし。
自分も年を取り丸くなったのでしょうか。

前にお邪魔したときにこのお話聞かせてもらったけど、また読んでてウルウルしてきちゃいました。
お互いが分かり合えるようになってよかったですね。きっと姫もいつかちょっぺさんの愛情に気づいてくれることと思います!
それにしても産まれたてにしてすでに笑顔を見せてる姫、かわいい~!

ちょっぺさんのお母様、二度も母親を亡くして辛い思いをされていたんですね。

時間はかかったかもしれないけれど、ちょっぺさんとお母様の関係がスムーズになって良かったです。
親子って照れもあってなかなか本音を言えなかったりしますよね。
勇気を持って電話をかけたちょっぺさん、尊敬します。

私は一度親に勘当されている身です。
勘当されたから・・・という訳ではないのですが、親には頭があがりません。
親ってずっとそういうものであって欲しいとも思っています。
自分も息子に親として尊敬される存在でいたいなと思うと同時に、いつまでも裏表のない愛情を注いでいきたいです。

すごい幸せそうな姫の顔。
お腹から出てこられてとっても満足そう!

mihoちゃん
そっか、似たような感情を持っていたんだぁ。(結構母親との関係で悩んでいる人って多いのね。)
私も年を取って丸くなった自分を実感してます。
前は絶対に「あぁ、またかぁ」と軽く流せず、いちいち反応してたな~。


すみれちゃん
姫が私をどう思ってくれるかは、数十年経ってみないとわからないこと。数十年後に、私の育児の結果がどうでるか、今からどっきどき。とにかく、「姫は私の宝物で、大好きなんだよ!」って毎日いい聞かせてるの。

だがね~さん

だがね~さんもいろいろあったようですが、今は親子の関係が修復されているようで良かったですね。
子どもを産んでからは孫を可愛がってもらうことで、親子の関係がまた密になっていることと思います。
本当に子どもの力って無限大ですよね~。

私も娘に一目置かれるような母親になりたいです。
結果はいかに!

涙腺がゆるくなってるのかな、
まだ涙が止まりません。

よかったね、よかったね。
ちょっぺさんもお母さんも本当に
よかったね。

姫からの一番のギフトじゃないかな、これって。

きっと今のちょっぺさんの気持ち、
姫へと受け継がれていくよ。
プロフィール

ちょっぺさん

Author:ちょっぺさん
頑張って、頑張って、麻酔なしで自然分娩で出産。
(5月12日 2007年)
高齢・初出産を終え、育児に奮闘する管理人。

これからなにが待ち受けているのやら。
カナダ在住の主婦(名ばかり)が妊娠、出産、育児そして日々の出来事を気ままに書いていきます。

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